一般社団法人 藝文協会(芸文協会)

文中の表記におきましては、一般社団法人
を割愛して藝文協会(芸文協会)としております。

活動内容 activity

大アジア文化交流展(バンコク展)

タイ王国第9代国王プミポンアドゥンヤデート陛下在位60周年記念

大アジア文化交流展(バンコク展)

11月16日

タイ王国における、日本とタイの交流となる『大アジア文化交流展』開催前日、日本より凡そ70名の日本人が首都バンコックに訪れた。到着地となるバンコックの空港は、日本美術家の方々にも知人が多い、元シラパコーン大学長であるトルンジャイ・ブラナソンプ博士の設計により本年9月28日に開港した新空港、“スワンナプーム空港”である。この“スワンナプーム”とはシャム王国時代の言葉で“黄金の土地”を意味する。つまり我々は、現国王に命名された空港に降り立つ初めての日本美術家になると思われる。“ジパング=黄金の国”の芸術家を迎えるに相応しい新空港は近代的な建築で、同じく名建築で知られるフランスのシャルル・ド・ゴール空港と見間違える程の美しい様相であった。空港から約30分、成田、関西国際航空より出発した日本美術家一行は、タイ王族ソムラップ・キティヤコーン殿下が迎える、ミレニアム・ヒルトンホテルに到着し、ここから3泊5日の日タイ親善交流がスタートした。

11月17日

PM9:00、王室謁見や王室関係者の来場に伴い、時間の設定が二転三転するため、主催側より謝罪を兼ねての、日タイ親善交流ツアーの説明会がホテル内において行われた。説明会は約1時間行われ、同時にタイ政府観光省事務次官ドクター プラキット ピリヤキット様(左写真:事務次官との集合写真撮影)より、このツアーに参加された日本美術家及び同行者の歓迎セレモニーも行われた。
AM11:00、いよいよ、パトカー1台、白バイ隊3機編成による先導にて、昼食を挟みソムサワリ妃殿下謁見に向かう。PM2:00、謁見の場となるアンポン・パレスに到着、妃殿下登場まで、謁見の様式を憶えるためにリハーサルを約1時間行われた。公務多忙の中、PM3:00、遂にソムサワリ妃殿下のご登場。

タイ宮内庁の方の指導の通り、入場される妃殿下に向かい一礼し、椅子にお掛けになるまで妃殿下の方向へ身体の向きを移動させる。お掛けになった段でもう一度会釈。にこやかな妃殿下の笑顔に、日本美術家と同行者は歓喜した。謁見の様式終了まで姿勢を崩さずにいることは本来苦痛であるが、長時間の起立状態にもかかわらず、謁見した日本人全てが厳粛にその模様を見守ることが出来たようだった。それほどにパレスを取り巻く空気は厳粛なものであり、また何より妃殿下の高貴な雰囲気が会場全体に緊張感を齎していた。初めに、タイ赤十字及び国連エイズ基金に対し、「大アジア文化交流展」運営者となる弊社が代表して寄付金を妃殿下に献上、同時に国王陛下への献上作品目録を妃殿下にお受け取り頂いた。その後に「日タイ芸術親善特使」のバッチをソムサワリ妃殿下より拝受する(運営者が代表して)。最後に妃殿下の周囲に座して記念撮影をし、謁見の様式が終了した。(※70名の謁見者となったため、僭越ではありますが、運営者となるフィネスが一連の様式を代表して行いました。)パレス内より退場すると妃殿下の計らいによりティーブレイクの用意がなされていた。

PM3:20、アンポン・パレスをあとにオープニング・セレモニー出席のため、本展会場となるクイーン・シリキット・ナショナルコンヴェンションセンターに向かう。警察先導により、渋滞するバンコック市内を通過し、最も混雑する地域として知られるスクムビットに程近い会場に定刻(PM5:00)に到着。オープニングには、タイ王室でも文化事業に尽力されているチャトリチャラーム・ユコン殿下(以下:チャトリ殿下)にご臨席頂くことができた。チャトリ殿下は特に映画文化の発展に取り組むことを国王陛下より任じられておられる方で、そのご活躍から“タイのスティーブン・スピルバーグ”と称されるほどである。殿下ご到着はPM6:30を予定しており、その間、オープニング・セレモニーのリハーサルが行われた。リハーサル時は、日本美術家の方々の協力によって本番同様の方式で行われ、実際にチャトリ殿下がご来場されてからも、リハーサル通り、滞りなく終了した。

ナ・シラパ授賞式、チャトリ殿下より拝受

 

子供作品を鑑賞されるチャトリ殿下

 

   

※日本美術家の方々が真剣にリハーサルにご協力頂いた結果となります。
誠にありがとうございました。

PM7:30、クイーン・シリキット・ナショナルコンヴェンションセンター内レストランにおいてディナーパーティー開始。残念ながら チャトリ殿下のご列席は 公務の都合により割愛された。しかし、 同ディナーに、タイ王室との交流が深く、有識者であるスリー・ジッサーダーノン女史(右写真)にご列席頂き、日本美術家の方々のタイとの交流に対する貢献に賛辞するスピーチを頂戴した。
PM9:20、ディナー終了とともにホテルへ向かう。
PM9:50、ホテル到着、渡航2日目の1日が終了した。

 
オープニング・セレモニーを終えて、
緊張が解れる一時となったディナー会場風景
 

 

 

11月18日

合同作品製作風景

 

AM9:00、本展の2つ目の大きな目的となる“子供ふれあいプログラム”のため、ヌアンヌーイ・ティムクン女史(以下:ノイ先生)の運営する学校へ向かう。ノイ先生の学校は、身寄りの無い子供たちや、知能障害を抱える孤児が集う学校である。ノイ先生は、そのような子供たちの生活保護と教育を個人資産で賄っているが、毎月5万バーツの赤字になっていると聞く。そのため、今回の美術展覧会の参加費用の一部にはノイ先生の学校への寄付が含まれている(出品者数272人×304バーツ(約1,000円)=82,688バーツ(272,000円)が寄付されています)。
AM10:30、大通りにバスを止め、狭い下町の入り組んだ路地を抜けた場所にあるノイ先生の学校へ。到着早々の日本美術家たちを迎えてくれたのは、子供たちによる歓迎のダンスであった。元気に屈託のない笑顔で踊る子供たちからは、 身寄りのない寂しさは感じられなかった。これもノイ先生が心血を惜しまず子供たちを愛していらっしゃること、そして子供たちも彼女を深く慕っているためであろう。

先ず、初めにWAC世界芸術文化交流会理事のアヌワットブーンニティー氏の挨拶から始まり、ノイ先生の紹介、そして今回の作品合同制作のテーマは“好きなもの”となった(ちなみに“好きなもの”は、物品に限定せず、子供たちの気持の赴くままに任されることとなった)。先ずは大人が筆をとり、子供たちに描くよう誘うかたちで、見る見るうちに画面が“好きなもの”で埋め尽くされてゆく。絵を描く眼差しは、大人も子供も同じく純粋な輝きに満ちているように見えた。約1時間で作品が仕上がり、その後に訪タイした書家(菅野望舟氏)によるデモンストレーションが行われ、子供たちに筆を執らせる参加型の席上揮毫として展開された。

月や日という象形文字から成り立つ漢字から絵を連想させるスタイルは、子供たちの興味を惹いていたようだ。最後に仕上がった文字から連想する絵を持ち、日本美術家と記念撮影にて賑やかな交流は無事終了となった。

11月19日

 

午前中より、世界遺産にも登録されているアユタヤ、映画『戦場にかける橋』で有名なカンチャナブリ観光の後、バンコック最後の夜を迎える。
PM6:00、ソムラップ殿下ご臨席にて、フェアウェルパーティーが行われた。夕刻から次第に夕闇に包まれ、ソムサワリ妃殿下謁見の際に頂戴した “日タイ芸術親善特使”表彰式が行われた。 プレゼンターには 妃殿下の 筆頭書記官である ソムラップ殿下が代役を務められた。表彰の後、食事歓談となり、
PM7:05、本展運営者フィネス代表から本展ツアーの最後の挨拶と同時に、終焉を飾る打ち上げ花火を以って1大交流イベントは締め括られることとなった。
PM7:40、警察先導にて新空港スワンナプームへ一路帰国の途につく。

 

開催日程: 2006年11月17日(金)~19日(日)
会 場: クィーン・シリキット・ナショナル・コンヴェンションセンター
主 催: WAC世界芸術文化交流会(タイ王族ソムラップ・キティヤコーン殿下主宰)
後 援: タイ赤十字(国連エイズ基金)、タイ国政府観光省
協 力: タイ国立シラパコーン大学、ZONTAインターナショナル、
ノイ先生の家、タイ国立会議場
協 賛: 株式会社フィネス
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